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アナリスト対談

アナリスト対談企画 再生医療のグローバルリーダーを目指して 森 敬太×繁村 京一郎

再生細胞薬で"不可能を可能にする"挑戦を続けるサンバイオ。その姿は、証券アナリストや投資家の皆さんには、どのように映っているのでしょうか。証券アナリストとして第一線でご活躍中の繁村京一郎氏をゲストにお迎えし、熱いメッセージをいただきました。

患者様に尽くすという使命感を原動力に

繁村
森さんがサンバイオの立ち上げを決心されたのは、米国滞在中のことだったそうですね。そもそもなぜ日本ではなく、米国で創業しようと思われたのですか。
バイオの分野で社会に大きな貢献をしたいと思ったことがサンバイオの出発点でした。2000年頃でしたね。当時、日本では再生医療の治験を行う環境が整っていなかったことが米国で創業した大きな理由です。人材の層も厚かったですし、スピード感を持って取り組むなら米国で立ち上げなければと考えました。
繁村
私もアナリストとして多くのバイオベンチャーを見てきましたが、成功するベンチャーに共通しているのは、優秀な人材が集まっていることと、マネジメントがしっかりしていることです。人材という点では、サンバイオには再生医療のトップランナーが集まっているのが大きな強みですね。
おっしゃるとおりです。とびきりの人材に参画いただくことができて、本当にありがたく思っています。
繁村
なぜそんなにも素晴らしい人材を集めることができたのでしょう?
それについてですが、臨床開発の責任者に入社動機を聞いたところ「本当に患者様の役に立つ仕事がしたかったから」という言葉が返ってきました。また、最近入った製造の責任者は、過去にブロックバスターを2つ手がけた経験を持っていますが、「3つめの挑戦として、患者様の人生を変え得る再生医療というまったく新しい分野で挑戦がしたい」と熱い想いを語っていました。
繁村
なるほど。やはり根底には患者様のために尽くしたい、貢献したいという強い想いがあるのですね。
私自身、脳梗塞などで半身不随になってしまった人が自分の足で歩けるようになったらどんなに素晴らしいだろうという想いが、起業の原点にありました。そのきっかけとなったのが、「脳は再生できない」という当時の常識を覆した、創業科学者の岡野栄之教授との出会いでした。先日、米国CBS放送で当社の脳梗塞の臨床開発がニュースとして取り上げられましたが、試験に参加された脳梗塞の患者様が車椅子なしで歩けるまでに回復したばかりか、結婚して妊娠したことを知りました。これは本当に驚きでした。"人生を取り戻す"というのはまさにこういうことだと実感しました。
繁村
それは奇跡のようですね。QOL(Quality of Life=生活の質)云々というレベルを超えたお話ですね。
臨床試験を担当した医師が、「患者宅に電話した際、ご家族としゃべっていると思ったら、実は患者様ご本人とわかりとても驚いた」と、おっしゃっていました。脳梗塞などで言葉を失ってしまった人が言葉を取り戻す素晴らしさを実感しました。

いくつもの高い壁を乗り越えながら

繁村
そもそも再生細胞薬SB623とは、どういう特長を持っているのですか。
再生細胞薬という言葉自体、当社のオリジナルですが、その名の通り、細胞を使った再生医療のお薬ですが、SB623の強みとしては、万人が使えるように、他家由来(ドナー由来)で大量生産を実現したこと、成人の骨髄由来の幹細胞を使っているため安全性(ガン化)や倫理面でも問題がない点で細胞源として優れていること、そして、なにより効能として患者様ご自身の"自ら再生する力"を活性化することで失われた機能を回復させるという点、それに加え、治療方法も簡単で患者様の負担が軽いこと等です。
繁村
慢性期の脳梗塞、及び外傷性脳損傷の患者様を対象としたのはどうしてですか。
患者様が多く、しかも効果的な治療法がないということが大きな理由です。また、戦略的な話ではあるのですが、脳梗塞も慢性期になると症状が安定しており、投薬によって回復したというエビデンスが取りやすいという狙いもありました。
繁村
2015年には東証マザーズへの上場を果たされましたね。
はい。おかげさまでIPOによる資金調達によって開発のスピードは加速され、現在は日米で3つのプログラムが治験入りしています。2014年に日本で再生医療等安全性確保法(再生医療新法)と医薬品医療機器等法(改正薬事法)が施行されて再生医療等製品については条件付きですが、早期承認される仕組みが整いました。つまり、日本が世界で最も早く再生医薬品の認可を取得できる国になったわけです。当社が日本で上場することを決めたのも、このためです。この新しい制度のおかげで、世界のどこよりも早く日本の患者様にSB623をお届けできる道が見えてきました。
繁村
なるほど。日本発の技術で産声を上げた細胞再生薬が、いずれ世界の先陣を切って日本で発売される可能性が出てきたということですね。
今や世界の再生医療の先頭を走るのが日本なんです。
繁村
そうでしたか。日本人として、とても誇らしいことです。もっとも、ここまでくるには紆余曲折の連続だったでしょうね。
はい、おっしゃる通りピンチの連続でした。特に資金面は厳しかったですね。
繁村
それはバイオベンチャーに共通の悩みですね。せっかく素晴らしいシーズを持っていたのにお金がなくなって立ち往生してしまうケースはよく見られます。
はい。当社も過去ピンチを何度か経験しています。2008年頃でしたが、FDA (米国食品医薬品局)から治験実施の許可が下りる目途が立ったと思った頃、他社が行っていた治験で安全性に関する問題が浮上したことがきっかけで、急にFDAの審査のハードルが上がってしまったことがありましたが、その時は焦りましたね。間の悪いことにそのタイミングとリーマンショックが重なり、とことんコストを切り詰めたものでした。ベンチャーキャピタルからの資金調達にも行き詰まり、大手企業との提携に活路を見いだすことで何とか危機を乗り越えることができましたが。
繁村
そういう苦しい時期でも、心が折れることはなかったのですね。
技術はしっかりしていましたし、絶対に成功するという自信がありました。この技術をどう繋げていくかが大変でしたね。
繁村
製造も大きな壁だったのではないですか。
ええ、そうです。人の細胞を大量かつ均一の品質で作るというのは大変なことで、大量生産の難しさは初期の頃から感じておりました。世界で初めて再生細胞の臨床試験を行い、その後当社のアドバイザーとしても貢献してくれた人物からはよく「Production!Production!Production!」と言われたものでした。とにかく、一に製造、二に製造、三に製造だと。いかにして大量生産の仕組みを作るかには、心血を注ぎました。
繁村
そんなに難しいものなんですか。
はい、ものすごく難しい。量産化を確立するまで、2つの大きな山を越える必要がありましたから。一つ目の山は、少ない量ですが細胞の均一性と再現性を得ること。二つ目の山は、そこから産業化に必要な量産化の技術と体制の確立です。
一つ目の山については、私はよく日本酒造りに例えるのですが、醸造には温度や湿度、攪拌の頻度など、実に多くのパラメーターがありますよね。では、そのすべてを数字どおりに完璧に設定したとして美味しい日本酒ができるかというと、そうではありません。サイエンスだけでは割り切れない何か…いわば職人的なアートの要素も絶対に欠かせない。そうした管理を総合的に司る責任者が杜氏です。再生細胞薬もそれに似たところがあって、特に開発初期の段階では、細胞のサイエンスとアートの両方に精通した専門家がいなければ、きちんとした製品、いわゆる、均一性や再現性のしっかりしたものに作り上げるのが難しい。開発初期段階は、"勘"みたいなものも必要です。
2つ目の山である産業化は、少量生産したサンプルをベンチマークにしながら、大量生産に向けた細胞のハンドリング方法の検討、評価、また、原材料や製造条件などのパラメータの検討や最適化、そして、完成したプロセスを作業者が変わっても同じものが出来上がるようにドキュメント化し、製造プロセスを安定したものに作りこんでいきます。こうして、GMP(「Good Manufacturing Practice」の略で、製造所における製造管理、品質管理の基準のこと)に準拠した安定した量産システムが出来上がりました。開発初期段階にあった、不安定要素の"アート"の部分もドキュメント化を進めることで、職人的なカンに頼るのではなく、データできちんと管理できるようになっています。
当社は、GMPに準拠した量産体制を確立している世界でも数少ない細胞医薬品のバイオベンチャーと言えます。
繁村
なるほど、大変な苦労でしたね。それには何年かかりましたか?
10年近くかかったと思います。逆に言えば、これからそれをやろうとしている会社に比べて、当社は10年は先を走っていることになりますが。
繁村
日本で治験をする場合、今は米国で生産して日本に空輸するということですが、これも薬品だから可能ということですね。いずれは日本でも生産をお考えですか。
SB623は、小さな小瓶に入って凍結された状態で空輸されますので、輸送に問題はありませんが、将来的には、日本で製造することも十分あり得ると思っています。当社は米国でCMO(医薬品製造受託会社)に技術移転を行った実績もありますし、特にハードルはないでしょう。
繁村
日本の産業の活性化のためにも、国内での製造には期待したいですね。
確かに日本のモノづくりの力はぜひとも活用したいと考えています。

地に足を着けて、二の矢、三の矢を放つ

繁村
今後のスケジュールについてお聞かせください。
この度、米国でフェーズ1/2a試験結果がSTROKE誌に論文発表されました。これは脳梗塞により運動障害をきたした慢性期の患者様にSB623を2年間投与した臨床試験の結果で、SB623の安全性と有効性を示すデータが示されたことから、承認にさらに一歩大きく近づいたと言えます。現在、次のフェーズ2bとして全米60施設で脳梗塞の患者様156例を対象に大規模な治験を開始しています。
繁村
さらにスピードアップしてきたという印象ですね。
はい。今年は特に"開発の幅とスピードの拡大"を目標に掲げ、開発に注力しています。これからさらにギアを上げていきます。
繁村
組織も大きくなってきましたか?
そうですね。現在30名体制ですが、大手製薬会社から優秀な人材をヘッドハンティングするなど、人材力の強化も順調です。
繁村
知的財産権についてはいかがでしょう。
物質特許、製造特許、用途特許、また周辺特許も含めかなり広い範囲で100個を超える特許を取得しています。今現在、一番長期の特許だと2032年まで有効なものがありますし、特許が切れた後でも、肝心の量産のところはブラックボックス化していて他社が容易にマネできない状態になっていますので、ジェネリックやバイオシミラーなどの参入は難しいでしょう。それは、当社がこのビジネスを長期にわたって独占的に保有できる可能性が高いことを示唆しています。
繁村
投資家の皆さんにも、そうした長期的なビジョンをご理解いただくことが大切ですね。
おっしゃるとおりです。
繁村
ヘルスケア業界の中でとりわけバイオテックはどうしてもハイリスク・ハイリターンと見られがちです。開発や治験など、ニュースフローで短期に株価が動く、独特な業界と言えるでしょうね。だから投資家の皆さんも株価に一喜一憂し、期待と不安の両方を持っていらっしゃると思います。
どうしても足元の売上・利益に関心が向くのは、仕方のないことでしょう。ですから、私どもとしては、SB623の可能性と、それを世界中にお届けできる優れたビジネスモデルの価値を正しくご理解いただけるよう根気強くコミュニケーションを続けていきたいと思います。
繁村
バイオベンチャーの場合、開発がうまくいかないこともあるということは、投資家の皆さんも理解していらっしゃると思うのです。大切なのは、うまくいかなかったときに、二の矢、三の矢を放てるかどうか。それは経営者の質、まさにマネジメント力が重視されます。投資家の皆さんは、そういう目で企業を見ています。
はい。当社も脳梗塞に続いて、外傷性脳損傷疾患についても昨年治験入りに成功しました。その先には、網膜疾患への適応拡大も控えています。さらに、将来に備えて、SB623の他にも、SB618やSB308といった細胞薬も保有しています。細胞医薬はまだまだ新しい分野ですし、産業として立ち上がったばかり。将来にむけて、「細胞ならサンバイオ」と言われるように、細胞の持つ様々な可能性を追求し、二の矢、三の矢を放っていきたいと考えています。
繁村
森さんにはぜひ長期的な視点で地に足の着いた経営を続けていただきたいと思います。これからも、医療を変え、世の中を変えていくチャレンジをお願いします。
ありがとうございます。再生細胞薬による新しい医療を一日も早く実現できるよう、取り組んでまいります。

※この対談は2016年6月13日に行われました。すべての文責はサンバイオ株式会社にあります。

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